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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)7107号 判決 1998年11月16日

原告

松本優子

右訴訟代理人弁護士

安藤純次

寺沢勝子

被告

社団法人大阪市産業経営協会

右代表者理事

古市実

右訴訟代理人弁護士

川﨑壽

藤原道子

主文

一  原告が被告の従業員としての地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、一八〇万七二二〇円及び内七七万五〇〇〇円に対する平成九年七月二六日から、内六〇万一九〇〇円に対する平成一〇年五月二六日から、内四三万〇三二〇円に対する同年七月二日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成九年四月一日以降本判決確定に至るまで毎月一七日限り一九万五六〇〇円を支払え。

四  原告の訴えのうち、本判決確定時以降の毎月の金員の支払を求める部分を却下する。

五  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

七  この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告が被告の従業員としての地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、四四八万七六七〇円及び内金三四二万五〇〇〇円に対する平成九年七月二六日から、内金六一万九五九〇円に対する平成一〇年五月二六日から、内金四四万三〇八〇円に対する同年七月二日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成九年四月一日以降毎月一七日限り二一万二四四一円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告を解雇された原告が、右解雇は無効であるとして、被告に対し、従業員としての地位の確認及び未払賃金等の支払を求めるとともに、右解雇は不法行為を構成するとして、慰謝料の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実)

1  被告は、大阪府下における事業者を会員として、会員企業の地位の向上と経営合理化の促進を図るため、諸種の事業を行い、もって大阪産業の振興に寄与することを目的とする社団法人であり、大阪市経済局中小企業指導センター(以下「指導センター」という。)の関係団体である。被告は、もとの名称を社団法人大阪市工業経営協会(以下「市工経」という。)といったが、平成九年二月一二日の定款変更決議により、社団法人大阪市産業経営協会(以下「市産経」という。)と名称を変更した(なお、定款変更の登記は同年四月四日である。)。

なお、同年三月以前は、指導センターの関係団体としては、被告(市工経)の他に、社団法人大阪市商業経営協会(以下「市商経」という。)、大阪市トレードセンター協議会(以下「トレセン」という。)及び大阪市中小企業指導センター協議会(以下「センター協」という。)が存在したが、同月末日をもって、被告以外の三団体は解散し、その事業は被告に引き継がれた(なお、以下、これらの四団体を「指導センター関係四団体」又は単に「四団体」という。)。

2  原告は、平成三年一二月一日付けで右引継前の被告(市工経)に雇用され、以後被告の事務局職員として勤務してきたが、平成九年三月三一日付けで解雇された(以下「本件解雇」という。ただし、解雇の意思表示がいつされたかについては、争いがある。)。

3  原告の給与は、毎月一七日払いであり、平成九年三月現在の本給は月額一九万三四〇〇円であった。なお、被告が原告に対し支払った平成九年一月から三月までの通勤手当及び超過勤務手当を含む給与の額は、次のとおりである。

(一) 平成九年一月分 二一万七四七八円

(二) 同年二月分 二〇万五三九〇円

(三) 同年三月分 二一万四四五六円

二  被告の主張(本件解雇の有効性)

1  市工経の解散

(一) 市工経、市商経、トレセン及びセンター協の指導センター関係四団体は、平成五年ころから、社会経済情勢の変化に対応してさらに幅広い異業種交流を進めるため、共通する事業の合理化やゆるやかな連合を検討してきたが、平成八年四月ころからは、会員の減少に伴う財政の悪化に対応するため、経費の削減が急務となった。そこで、組織統合のための方策が検討された結果、四団体が平成九年三月三一日付けで解散し、新団体を結成してその構成員である各事業者(会員)が新団体に新たに入会することで組織統合を行うことが決定された。もっとも、社団法人の新たな認可を得ることが極めて困難であったことから、新団体は、社団法人であった市工経の法人格を利用して結成することとされた。

(二) これを受け、四団体は、平成九年三月までにそれぞれ解散手続を行ったが、市工経については、その法人格を利用するため、解散決議ではなく、同年二月一二日の臨時総会において、目的、事業及び名称を変更する旨の定款変更決議をし、同月一八日大阪府に対し定款変更認可申請をし、同年三月二九日付けで大阪府知事の認可を得て、同年四月四日定款変更登記をした。そして、同月二三日、被告(市産経)の設立総会が開催された。

(三) このように、市工経が定款変更決議をして存続したのは、単にその法人格を利用するためであって、実質的には、他の三団体と同様に、平成九年三月末日をもって解散したというべきである。

2  本件解雇に至る経緯

(一) 市工経には、事務局職員として、原告及び牧野安良事務局長(以下「牧野」という。)が雇用されていたが、平成九年二月一二日の理事会において、市工経の解散に伴い右両名を同年三月三一日付けで解雇することを決定し、同年二月一九日、右両名に対し、その旨の解雇予告をした。

(二) 原告は、被告の右解雇予告に対し、「話があったことは聞いておく。再就職の斡旋はできるのか。」と述べ、また、同年三月七日に被告の理事である下地耕作(以下「下地」という。)が牧野に指示して原告に対し退職願の提出を求めたのに対し、原告は、身の振り方が決まっていないので自分から退職願を提出するつもりはないとして、これに応じなかった。

(三) 同月一三日、指導センターの木本敏行所長(以下「木本」という。)は、原告に対し、再就職先として、大阪市経済局関係団体でのアルバイトについて雇用希望を尋ねたところ、原告は、アルバイトでは生活が維持できないので断る旨返答した。

3  本件解雇の必要性

(一) 被告(市工経)が、本件解雇に及んだのは、前記のとおり市工経が実質的に解散したためであり、市工経の就業規則に照らせば、第一九条(4)に規定する解雇事由、「やむを得ない業務上の都合によるとき」に該当する。

なお、被告(市産経)において、原告を雇用することができなかったのは、以下の理由による。

(1) 指導センター関係四団体のうち、市工経以外の三団体は、名実ともに解散するため、その職員を全て解雇せざるを得なかった。一方、市工経は、形式上は存続したが、それはあくまでその法人格を新しく結成される団体において利用するためであって、市工経も実質的に解散したものにほかならない。したがって、市工経の職員のみ解雇せずに特別扱いし、被告において引き続き雇用することは、他の三団体との関係から不可能であった。

(2) 被告の運営は、会員企業から徴収する会費及び負担金の他、大阪市の助成金によっているところ、市工経においては、会費を会員企業の従業員規模別に四万八〇〇〇円から一四万四〇〇〇円と定めていたが、他の三団体においては、年会費を一律三万六〇〇〇円としており、統合に当たっての申し合わせにより、被告の年会費も一律三万六〇〇〇円とされたことから、被告においては、経費特に人件費を極力切りつめる必要があった。また、今後退会者の増加によって会費収入が減少していくことが予想される。

そこで、被告の事務局において、事務局長の他に正規職員を雇用する財政上の余裕はなく、原告を雇用することは不可能であった。

(3) 原告は、市工経の職員であった当時、職員としての自覚に欠け、職務に対する理解も乏しく、また、住所変更を届け出ないなど就業規則の規定にも従わなかった。さらに、原告は、極めて個性が強く、自己中心的な性格であり、周囲と妥協しない態度から、従来より上司との人間関係に支障をきたしていたばかりか、同じ部屋にいる関連三団体の職員やアルバイトとの折り合いも悪かった。

したがって、市工経と原告との間の信頼関係は喪失しており、被告において原告を新たに雇用しなかったのもやむを得ないところである。

4  結論

以上のとおり、本件解雇は、被告が実質的に解散したことに伴うやむを得ないものであり、被告が原告を新たに雇用することは不可能であり、かつ、被告は原告に再就職先を斡旋するなどの配慮もしているのであるから、本件解雇は有効である。

三  原告の主張(解雇権の濫用及び不法行為)

1  本件解雇には、次のとおり解雇理由が存在せず、本件解雇は、解雇権の濫用であって無効である。

(一) 解雇の必要性がないこと

被告は、解散したのではなく、他の関連三団体を統合し、定款を変更して存続している。そして、解散した他の三団体には、解散当時職員はおらず、二か月雇用のアルバイトが三名いただけであるから、他の三団体との関係上原告を解雇せざるを得なかったという被告の主張は全く理由がない、

また、関連三団体の統合によって、被告の事務量は増大するのであるから、原告を解雇する必要はなく、また、財政的に見ても、被告の平成九年度予算案においては、給料手当の額が前年度の七六〇万円から九〇〇万円に増額され、その内容は事務局長一名と臨時職員三名分の給料とされており、これが総会で承認されているのであるから、被告が、原告の雇用を継続できないような財政状況になかったことは明らかである。

(二) 解雇回避努力等の適正な手続を経ていないこと

被告は、給与等の削減、希望退職者の募集等の解雇回避努力を全く行うことなく、突然原告を解雇したものであって、整理解雇に要求される解雇回避努力義務を尽くしていない。

また、被告は、原告に対し再就職先を紹介したと主張するが、木本は、アルバイト先の名前も告げずに諾否を迫ったのであって、再就職先を紹介したとは到底評価できないものであった。

(三) 被解雇者選定に合理性がないこと

解散した関連三団体には、解散当時職員はおらず、また、市商経には臨時職員が一名、トレセンには臨時職員が二名いたものの、これらはいずれも二か月雇用の臨時職員であったうえ、うち二名はすでに解散することが決定していた平成八年一一月に雇用された者であるから、原告を解雇してこれらの臨時職員の雇用を確保する必要性は認められない。

また、被告は、平成九年一月に満六五歳となり、同年三月三一日で定年退職となる牧野を同年四月に事務局長として再雇用したと主張しているのであって、他方で原告を解雇するのは、全く合理性を欠くものである。

なお、被告が原告を解雇した真の理由は、原告が大阪市の被告担当職員からたび重なるセクシャル・ハラスメントを受けていたため、かかる大阪市の体質が明るみに出ることを恐れた被告が、事情を知っている原告を排除しようとしたことにある。

2  原告が被告に請求する未払賃金等

(一) 未払賃金

(1) 原告の平成九年一月から三月までの給与の平均は、月額二一万二四四一円であった(通勤手当及び超過勤務手当を含む。)。したがって、本件解雇が無効である以上、被告は、原告に対し、平成九年四月一日以降、月額二一万二四四一円の賃金を支払う義務がある。

(2) 被告は、原告の給与に関し、大阪市の職員に準ずる取扱いをしており、原告に対し、毎年六月に基本給の二・二か月分の夏季手当を、毎年一二月に基本給の二・五か月分の年末手当を、毎年三月に基本給の〇・五五か月分の年度末手当を支払う義務がある。

また、原告は、平成九年八月までは行政職一級一〇号であるが、同年九月からは行政職一級一一号に昇号していたはずである。また、同年一二月に決定された同年度の右各号級の本給の金額は、行政職一級一〇号については一九万五六〇〇円であり、同一一号については二〇万一四〇〇円である。そして、右金額は、それぞれ同年四月に遡って支給されるものである。

したがって、原告の平成九年度夏季手当の額は四三万〇三二〇円であり、年末手当の額は五〇万三五〇〇円であり、年度末手当の額は一一万〇七七〇円である。また、原告の平成一〇年度夏季手当の額は四四万三〇八〇円である。

(3) 仮に、前記(1)において、賃金に通勤手当を算入することが相当でないとされた場合には、予備的に、平成九年四月一日から同年八月までは、行政職一級一〇号の基本給(改定後の額)月額一九万五六〇〇円に同年一月から三月までの超過勤務手当の月額平均額七〇五一円を加えた月額二〇万二六五一円を、同年九月以降は、行政職一級一一号の基本給(改定後の額)二〇万一四〇〇円に同じく七〇五一円を加えた月額二〇万八四五一円を、それぞれ請求する。

(二) 慰謝料及び弁護士費用

本件解雇は、何ら合理的理由のない無効なものであり、しかも、大阪市の被告担当職員によるセクシャル・ハラスメントを隠蔽しようとする不当な意図に基づくものであって、原告は、右解雇によって、多大な精神的苦痛を被った。したがって、本件解雇は、原告に対する不法行為を構成し、右苦痛に対する慰謝料は、二〇〇万円が相当である。また、弁護士費用は一〇〇万円である。

3  結論

よって、原告は、被告の従業員としての地位を有することの確認を求めるとともに、被告に対し、本件解雇後の未払賃金として、計一四八万七六七〇円及びその遅延損害金(起算日は、訴状ないし請求の拡張申立書送達の日の翌日)並びに平成九年四月一日以降毎月一七日限り二一万二四四一円(予備的に、平成九年四月一日以降同年八月まで毎月一七日限り二〇万二六五一円、同年九月一日以降毎月一七日限り二〇万八四五一円)の支払を、不法行為による損害賠償請求として三〇〇万円及びその遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

四  争点

本件解雇の有効性

第三争点に対する当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  指導センター関係四団体は、主として大阪府下の中小企業を会員とし、会員企業の地位向上、経営の合理化ないし近代化等を目的として、資料収集、研修、指導、厚生事業等を行ってきた法人又は団体であって、いずれも、指導センター内(船場センタービル三号館二階)に事務所を有し、対象とする企業の業種が異なるものの、事業内容には共通するものも多かった。そこで、従来より、共通する事業の共催等による効率化が図られてきたが、折しも、平成五年七月の中小企業対策審議会の意見具申をきっかけとして、経営多角化への対応や一層の効率化を図る必要性から、平成七年三月ころ、当時の谷内田孝一指導センター所長により、右四団体を統合する構想が打ち出された。そして、これを受けて同年六月に開催された右四団体の会長会議及び同年一〇月に開催された正副会長会議において、右構想について討議が行われ、当面は四団体を併存させつつ緩やかな連合体を形成し、その後法人化する方向で検討することとされ、その具体的方法等を協議するため、四団体連合会結成準備委員会(以下「準備委員会」という。)の設置が決定された。

2  準備委員会は、平成七年一二月一一日、平成八年二月二日及び同年三月四日の三回にわたり開催され、連合体結成の具体的方法等が討議された。第二回準備委員会においては、四団体の会員の年会費を三万六〇〇〇円に統一することが決定された。

この段階においては、新たな連合体の事務局は、事務局職員がいないセンター協を除く三団体の職員及び臨時職員をもって構成することが予定されていた。なお、当時、市工経に二名及び市商経に一名の職員がいたが、平成八年一〇月に市商経の職員であった幸元陽子(以下「幸元」という。)が退職し、替わって臨時職員が一名雇用された。また、トレセンには臨時職員が一名ないし二名雇用されていた。

3  しかしながら、同年七月一八日に開催された四団体正副会長会議において、各団体を存続させながらの連合体設立ではなく、当初から四団体の統合、一本化を図ることが決定され、これを受けて、指導センターは、同年一一月二五日に開催された四団体正副会長会議において、統合の方法として、新たな社団法人の認可を得ることが極めて困難な情勢であったことから、市工経の定款を変更して市産経とし、他の三団体が解散して市産経に加入することにより新団体を結成することを提案し、了承された。

4  平成八年一二月二〇日、四団体統合計画策定委員会が開催され、統合までのスケジュールが決定されたのを受け、市工経は、平成九年二月一二日、定款変更のための臨時総会を開催し、名称を市産経と改め、定款の目的及び事業のうち、「工業者」を「事業者」に、「工業」を「産業」に変更するなどの定款変更決議をした。また、同日開催された理事会において、牧野及び原告を同年三月末日限り解雇することを決定し、これを受けて、同月一九日、下地及び吉谷忠之常務理事(以下「吉谷」という。)は、原告及び牧野に対し、「四団体の統合に伴い、市工経が解散するので、三月三一日限りで退職してもらうことになった。なお、財政的な理由で原告の再雇用はできない。」旨告げた。

5  平成九年二月二一日、新団体の理事候補者により市産経の設立実行委員会が開催され、指導センターの作成した初年度の事業計画案及び予算案が討議された。なお、事務局の構成については、指導センターの案では事務局長一名と専任事務局員女子一名(ただし、一年契約の年俸制職員とする。)で構成するものとされていた(なお、この段階で局員が一名とされたのは、市商経の職員であった幸元が平成八年一〇月に退職し、四団体のうち職員は市工経の牧野及び原告のみとなったことによるもので、やはり従前の四団体の職員を充てることが前提とされていた。)が、人件費を削減する必要性から、事務局長以外は臨時職員とすることが申し合わされた。

6  平成九年三月六日、市商経の臨時総会が開催され、同月三一日をもって市商経を解散すること及び残余財産を市産経に寄付することが決議された。また、センター協は同月一九日、トレセンは同月二七日にそれぞれ臨時総会を開催し、いずれも同月三一日付けでの解散及び残余財産の市産経への移行を決議した。

7  平成九年三月七日、下地は、牧野を通じ、原告に対し、退職届を提出するよう求めたが、原告はこれを拒否した。また、同月一三日、牧野の依頼を受けた木本が、原告に対し、再就職先として、大阪市経済局関係団体でのアルバイトを斡旋したが、原告は、退職に同意していないのに受けるわけには行かないとして、これを断った。さらに、原告の求めに応じ、同月二一日、下地と吉谷が原告に対し解雇理由の説明を行ったが、原告は納得せず、同月三一日に提出された退職金も受領しなかった。

原告は、同年四月一日にも被告に出勤したが、就労を拒否された。なお、牧野は、同日以降も被告において執務を続けた。

8  平成九年四月二三日、被告の総会が開催され、旧理事が退任して新たに理事が選任されるとともに、平成八年度の決算及び平成九年度の予算案が承認された。平成九年度予算案においては、事務局職員の給料手当としては、九〇〇万円が計上され、その内訳は、職員一名、臨時職員三名の給与とされている。なお、平成八年度の被告の給料手当の予算は七六〇万円であり、退職手当を除く決算額は七四五万六一九四円であった。

なお、市工経以外の三団体の会員は、入会金を支払って新たに市産経に入会する取扱いとされたが、市工経の会員はそのまま継続して市産経の会員となった。

9  被告は、平成九年四月一日以降、牧野を再度事務局長として雇用するとともに、臨時職員として市商経の臨時職員であった渡辺を雇用し、平成九年度は、事務局長と臨時職員一名ないし二名で事務局を運営していた。なお、被告が平成九年度において支出した給料手当は、五五八万四三三六円であった。

10  被告の就業規則第一九条(4)には、やむを得ない業務上の都合によるときには、職員を解雇することができる旨の規定がある。

二  以上の事実を前提に、本件解雇の効力について検討する。

1  前記認定の事実によると、被告は、市工経が平成九年二月に定款変更決議をして名称及び目的等を変更し、同年四月に市商経、トレセン及びセンター協の三団体を統合した法人であって、市工経の会員がいったん退会することなく継続していることに照らしても、市工経と市産経との間には明らかに継続性が認められ、市工経が同年三月末日をもって事実上解散したと解することはできないというべきである。

確かに、右統合に至る経緯を実質的に見ると、指導センター関係四団体はもともと対等の立場で統合して新団体を結成することを予定していたところ、新たな社団法人の設立が困難であったため、市工経の法人格を存続させ、他の三団体が解散して市工経に吸収される形式を取ったものと解されるから、その意味で、実質的には、会社の新設合併に類似すると解することができ、市工経と市産経との間には、社団としての性格に一定の差異が存在することも否定できないところであるが、だからといって当然に従前の雇用関係を解消することが許されると解することはできず、本件解雇の有効性を判断するためには、就業規則第一九条(4)に定める「やむを得ない業務上の都合」の有無を実質的に検討することを要するというべきである。したがって、以下、本件解雇において右やむを得ない業務上の都合が存在するか否かについて、被告の主張に沿って検討する。

(一) 被告は、継続する市工経の職員のみを解雇せずに雇用を継続することは、他の三団体との関係上不可能であったと主張する。

しかしながら、前記のとおり、平成九年三月時点において、事務局に正規職員を有していたのは市工経のみであって、他の団体には、臨時職員(なお、<人証略>によれば、臨時職員の雇用期間は二か月であることが認められる。)が三名いたに過ぎないのであるから、他の団体との関係で被告が原告を解雇しなければならなかったものとは認められない。

したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

(二) 被告は、市産経においては、経費節減の必要性から、事務局長以外の事務局員を雇用することは不可能であったと主張する。確かに、前記のとおり、当初は、四団体統合後の事務局においても、事務局長のほかに事務局職員を一名配置する予定であったが、平成九年二月二一日の設立実行委員会において、経費節減のため、事務局職員を雇用せず、臨時職員で対応することとされたことが認められる。しかしながら、前記認定のとおり、被告の平成九年度予算では、事務局職員の給料手当として、事務局長一名及び臨時職員三名を雇用することを前提として、前年度を一四〇万円上回る九〇〇万円が計上され、これが同年四月二三日の総会で承認されているのであるから、平成九年四月時点において、被告が、原告を解雇しなければならないほど財政的に逼迫していたとは認められない。また、現実にも、被告は平成九年度において事務局長一名と臨時職員一名ないし二名を雇用し、給料手当を五五八万四三三六円支出したのであるから、仮に臨時職員一名の替わりに原告を雇用していたとしても、前記予算の範囲内に収まることは明らかである。したがって、被告の主張は採用できない。

なお、(証拠略)によれば、平成一〇年度予算案では、給料手当は六〇〇万円に減額されていることが認められるが、これは、本件解雇後の事情であるから、本件解雇の効力を検討するに当たり考慮することはできない。

(三) また、被告は、原告の協調性に欠ける性格により、原被告間の信頼関係が喪失していたことも本件解雇の理由に挙げるかのようであるが、右主張は、抽象的であって具体性に欠け、原告の性格が被告の業務にいかなる支障を及ぼしたのか明らかでないし、また、原告の性格が原因で原被告間の信頼関係が喪失していたことを認めるに足りる証拠もない。

したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

2  以上のとおり、本件解雇の必要性に関する被告の主張はいずれも採用することができず、原告を解雇しなければならないやむを得ない業務上の都合の存在は認められないというほかはないから、本件解雇は、解雇権を濫用するものとして、無効であるというべきである。

三  次に、原告が請求する未払賃金及び慰謝料について検討する。

1  未払賃金について

(一) 前記のとおり、本件解雇は無効であり、被告は、原告の就労不能につき責めに帰すべき事由があるというべきであるから、原告は、本件解雇後も、被告に対する賃金請求権を有する。

そこで、原告が請求することのできる賃金額について検討すると、原告の平成九年三月現在の本給額は、一九万三四〇〇円であるが、証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告の賃金は大阪市職員の賃金体系に準じた取扱いを受けており、右本給額は大阪市職員の行政職一級一〇号の本給に該当するところ、右号級の本給額は、同年四月以降一九万五六〇〇円に改訂されたことが認められるから、原告は、同月以降月額一九万五六〇〇円の賃金を請求することができるというべきである。

なお、原告は、右本給以外にも、通勤手当及び超過勤務手当相当分を請求する。しかしながら、原告は、就労が不可能になったことにより、現実に通勤手当相当分の出費を免れたというべきであるから、民法五三六条二項但書の法理により、通勤手当相当額は、原告が請求することのできる賃金額から控除すべきである。また、超過勤務手当は、超過勤務が恒常的に行われ、現実に就労がされていれば超過勤務手当が発生していた蓋然性が極めて高い場合に限り、現実に超過勤務をしていなくとも請求することができるというべきであるところ、本件では、超過勤務が恒常的に行われていたことを認めるに足りる証拠はないから、超過勤務手当相当分は原告が請求することのできる賃金に含まれると解すべきではない。

以上によれば、原告が平成九年四月以降被告に請求することのできる賃金は、月額一九万五六〇〇円である(なお、昇給を考慮すべきでないことは、後述のとおり。)。なお、原告は、本判決確定後についても毎月の賃金の支払を求めるが、被告は、本件訴訟に先立つ仮処分決定に従って仮払をしていること(このことは、原告本人により認められる。)その他の事情を考慮すると、あらかじめ本判決確定後の賃金の支払を請求する必要性があるとはいえないから、右部分は訴えの利益を欠き、不適法である。

(二) 手当等について

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告の賃金は、大阪市職員の賃金体系に準じて取り扱われ、手当についても、毎年六月に夏季手当、一二月に年末手当、三月に年度末手当の支給を受けていたこと、平成九年度の支給月数は、夏季手当が二・二月、年末手当が二・五月、年度末手当が〇・五五月であることが認められる。そこで、原告が被告に請求することのできる手当は、次のとおりとなる。

(1) 平成九年度夏季手当(平成九年六月支給) 四三万〇三二〇円

(2) 平成九年度年末手当(平成九年一二月支給) 四八万九〇〇〇円

(3) 平成九年度年度末手当(平成一〇年三月支給) 一〇万七五八〇円

(4) 平成一〇年度夏季手当(平成一〇年六月支給) 四三万〇三二〇円

なお、原告は、手当の算定においては、原告の昇給(昇号)を考慮すべきであると主張する。しかしながら、現実に就労していないにもかかわらず昇給(昇号)を前提とした賃金を請求するためには、労働契約上、原告が、一定期間経過後自動的に昇給(昇号)する権利を有する場合に限られると解すべきところ、本件においては、原告がかかる権利を有していたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は採用できない。

2  慰謝料について

前記認定によれば、本件解雇は、合理的な理由もなく原告の雇用保持の利益を侵害した違法なものであり、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右解雇によって精神的苦痛を被ったことが認められるから、本件解雇は、原告に対する不法行為を構成するというべきであり、被告は、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料を支払う義務がある。そして、本件全証拠から認められる一切の事情を総合考慮すれば、その慰謝料の額は、三〇万円が相当であり、弁護士費用は、五万円が相当である。

なお、原告は、原告が大阪市の職員らからいわゆるセクシャル・ハラスメントを受け、これが本件解雇の原因となっている旨主張するが、原告がセクシャル・ハラスメントを受けていたことを認めるに足りる的確な証拠はないし、ましてこれが本件解雇の原因となったことを窺わせる証拠はないから、原告の主張は採用できない。

四  以上の次第で、原告は、被告の従業員としての地位を有し、被告に対し、未払賃金として一四五万七二二〇円(及びこれに対する遅延損害金)及び平成九年四月以降本判決確定に至るまで毎月一九万五六〇〇円並びに慰謝料及び弁護士費用として三五万円(及びこれに対する遅延損害金)を請求することができるから、右の限度で原告の請求を認容し、その余は棄却(本判決確定時以降の金員の支払を求める部分は却下)する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 谷口安史 裁判官 和田健)

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